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義の旗のもとへ~最終章“絆〟フォトレポート本番編

 義の聖地佐和山城址イベント 
   義の旗のもとへ~最終章“絆〟
          決意の佐和山「残紅葉」再び!!
 


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幕を閉じた大河ドラマ「天地人」で与六の母は「真っ赤なもみじは命を繋げる為、自分の命を懸けた決意の色だ・・」と幼い与六に強くやさしく語りかけた。紅葉で散り行く赤い葉は、来たる冬に備えて幹のため犠牲となっていく自然の刹那な姿・・・
そして佐和山でも決意の紅葉は切ないほどの覚悟を込めて三成によって詠まれていた。

      散り残る紅葉はことにいとおしき
                    秋の名残はこればかりぞと


正義と友との固い契りを信じ大一大万大吉の旗を掲げ、決戦の地に向かう時に詠んだとも言われる佐和山「残紅葉」

石田三成享年40歳、大谷吉継享年40歳、嶋左近嫡男嶋新吉享年17歳・・・

この時、戦いには敗れたものの、彼等の志、生き様に共感する多くの人々によって、「佐和山の紅葉」は真っ赤に燃え「大一大万大吉」の唱和の声が、長い時空を超え再び佐和山で響いていた。
歴戦の強者島津氏や過ぎたる家臣左近の夜襲、奇襲戦法に耳を貸さず、正々堂々雌雄を決する戦いに最後まで執着した三成は、ひょっとして目の前の勝ち負けなどより大事なものを、唯一人その時、信じ、悟っていたかもしれないと・・・
いずれにしろ真の勝者は、実はやはり彼だった・・・のかも・・

       佐和峯 紅葉
            あはれさや 粮(かて)にうもれし 木々の色

                       (松尾蕉門十哲の一人森川許六彦陽十境集より)


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前夜の雨が佐和山の登山道を濡らし、あの決戦前夜を思わせる霧が天守を包むなか、佐和山城研究会代表の田附清子氏が天守の石田地蔵に献花し全員で黙祷をするなか、田附さんが心を込めて綴った「義の旗のもとへ~」を、山本ひまりさんの素晴らしい朗読によりはじまり、天守に集まった人々の目に涙が溢れ、そのあと同じく田附さんの心震える素晴らしい天守講演で、更に涙のしずくが頬を伝わり最終章は静かにスタートした。

『 地蔵村の小さな坂道を登り、左に折れたとき突然せり上がるように、三成の城が姿を現した。
「でかいな」兼続は思わず嘆声(たんせい)をあげた。じっさい佐和山城はめちゃくちゃ大きかった。本丸はたしか五層と聞いていたが、谷から湧き出た雲のため、三層から上は見えなかった。
つぎに兼続を捉えた感慨は城がひどく、その主(あるじ)に似ているということであった。佐和山城はどこと云わず全部が三成に似ていた。』

小説『群雲、関ヶ原へ』で、岳宏一郎(たけこういちろう)は、兼続にこんなふうに語らせている。
確かにそう思う。何度となくこの山に足を運んでいると、山全体が三成であるかのように感じる。
800年の余(よ)からある城の歴史の中で、三成が城主であったのは、わずかに5年ほどのことだというのに。しかし、この5年ほどの月日が、この城の名を後世知らしめることとなるのである。

鳥居本側大手から仰ぐ佐和山は威風堂々として、山頂から両脇に延びる尾根は、鶴がその両(りょう)の翼を広げたような形を見せている。鶴翼(かくよく)と呼ばれたそれは、城や砦を築くには好条件の地勢だった。
三成は、この佐和山城主に任命された後も秀吉の側近として、大坂あるいは京にとどまる。その三成が、ここに戻ってくることになるのは、秀吉、利家とふたつの巨星落ちた後の謀略の果てのことである。

この佐和山の地で、三成は豊臣の行く末を講じる。
時に左近と膝詰めで語りあかし、真田信幸に、直江兼続に、その思いの丈を文に書いて送った。大谷吉継などは、三成の思いを覆さんとこの佐和山に泊り込んで説得をしている。

『「立って、勝てる見込みが治部少にはあるのか」吉継はついうっかりそう言ってしまった。
「もちろん成算は十分だ」三成は俄然勢いこんだ。』

吉継は、そんな三成を一旦は佐和山に残し、上杉討伐へと向かうが、垂井で引き返してくる。

『吉継は自分を友と信じて秘策を打ち明けてくれた三成を捨てるのに忍びなかった。
事が成るか成らないかは、もうどうでもよかった。ここで治部少輔を見殺しにしては、おれの武道が立たない・・・』

こうして、三成は、後に天下分け目の戦いとまで称される関ヶ原での決戦を、この佐和山で決意、決断するのである。
三成にこれほどまでの強い気持ちを持たせたのは、まぎれも無く、佐和山であった。
そして、この佐和山に集いし、三成の盟友たちであった。
 


※『』内は、「群雲、関ヶ原へ」(岳宏一郎)より抜粋 ※転写不可

「義の旗のもとへ~最終章“絆〟」
作 田附清子 佐和山城研究会代表
朗読 山本ひまり  


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義の旗シリーズのなかで一番の気候とロケーションに恵まれ、最終章ということで全国からたくさんのみなさんが集結してくださいました。そんな環境の中で大盛り上がり最高のパフォーマンスが生まれました。それにしても相変わらず素晴らしい参加者のみなさんのマナーの良さに、さすが義の旗のもとに集いし人達と、後日各方面から賞賛されました。


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今日も昨日の雨や朝の霧がうそのように、彼らが登場すると光のシャワーが振る注ぐのでした!!今や伝説となるスーパー晴れ男♪石田三成、いしだみつにゃん!彼等の姿を雨の中で見ることなど出来るのでしょうか・・・


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真っ赤な紅葉が彩る最高の舞台となった佐和山天守で繰り広げられた、戦国魂甲冑劇団による戦国劇「アカネ1600~序奏」。約400年前にタイムスリップかのような三成と吉継の涙の葛藤シーンは、最終章にふさわしい名演出、名演技で集まった家臣団の心を揺さぶった。

佐和山天守寸劇パフォーマンス「アカネ1600序章」

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参加者全員が義に生きた彼等の生き様に、心震わし涙を堪えている流れの中で、終盤一番強そうな左近に守られ特別ゲストの兼継が愛の兜で登場!左近が離れそうになると泣き虫与六に戻ってしまい「ワシはこんな所に来とうはなかった!」更に大受け!可愛さを観客にアピール♪涙あり笑ありの松竹新喜劇の名演出に最終章の真髄を見るおもいでした。


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いよいよ佐和山義の三将が初めて揃って佐和山天守に登場!!!一気に静から動へテンションが変わりましたネ~。イヤーホントによかった♪当初はみつにゃんだけが天守に登場との段取りでしたが・・・・優秀な義の家臣団のみなさんの判断から、前夜急遽三将揃い踏みの念願が叶うことになりました。「ありがとう!熱い同士ヨ♪さすがです!」感謝!!!


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佐和山義の三将どうしがなんとなんと・・・佐和山天守で史上初の合体!!結構歴史的瞬間だったのではないでしょうか!


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2009・11・23正午きっかりに、琵琶湖の浜辺の北西の磯山からのろしが上がりたのを確認して、石田三成公、いしだみつにゃんの合図で南西の荒神山に向けてのろしを上げる
「のろしを上げーーーー!!」


第八回近江中世山城のろし駅伝「のろしを上げ~」
つづく
by machinoeki | 2009-11-27 07:06 | さこみつにゃんぶ日記
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