「ほっ」と。キャンペーン

LLP(有限責任事業組合)ひこね街の駅 武櫓倶

カテゴリ:談話室「それぞれの彦根物語」( 107 )

《談話室78》それぞれの彦根物語2010.11.20

【彦根物語78】
 「長野主膳の志賀谷「高尚舘」と志賀谷村領主水野氏」    
 
d0087325_17434997.jpg
















谷村 潤一郎  (柏原宿古文書を楽しむ会代表)

 私の地元米原市柏原は中山道柏原宿で、平成10年創立の柏原宿歴史館があります。

 長野主膳の門人は近隣では柏原宿が一番多く、その中で長野主膳夫妻は巌佐由子とは家族ぐるみの付き合いで、主膳夫妻の文書が非常に沢山出て来ました。巌佐家文書を軸に企画展「長野主膳と門人巌佐由子」を開催しました。

 これまで主膳の志賀谷時代の状況は、主膳自作の「長野家譜略・授業門人姓名録」と京都金福寺住職小関魯庵「幕末秘録」がごく一部の記述だけ、私の企画展図録は、その空白部分を埋めた最高唯一の作品だと自惚れていました。とこらが企画展後、志賀谷村阿原代官文書との出会いで、定説を転用した2箇所が誤りであったことに気がつきました。

 相楽院が高尚舘の場所でなく、相楽院は阿原代官屋敷の近くにありました。今一つ志賀谷村領主は有名な紀州藩付家老の新宮城主水野氏でなく、別人の家老水野氏でした。しかし明治の地券証で高尚舘の場所の確定が出来、建物平面図や桜根(本居宣長)神社勧請許可証の発見もありますので、企画展図録誤記の訂正と併せご報告いたします。
                             
「高尚舘」跡地
d0087325_17411281.jpg


阿原代官所有地内、「高尚舘」敷地
d0087325_17413892.jpg


和歌山市史挿絵 (志賀谷村領主「水野太郎作」家)
d0087325_17422327.jpg


志賀谷村領主「水野太郎作家」略系図
d0087325_17431520.jpg



【キーワード】
長野主膳
高尚舘
巌佐由子
阿原助大夫
水野太郎作
新宮城主水野氏
金福寺住職小関魯庵
桜根神社
中山道柏原宿
[PR]
by machinoeki | 2010-12-10 17:42 | 談話室「それぞれの彦根物語」

《談話室77》それぞれの彦根物語2010.10.16

【彦根物語77】
「中世の笑い ―ファルス(笑劇)の世界と狂言の世界―」    

d0087325_17223819.jpg
















小澤 祥子
(関西大学文学博士)

 彦根に初めて来たのは昭和40年12月です。早大の学生劇団に所属していて、新しい市民会館で「夕鶴」をするためでした。演出をしていた人が彦根東高出身だったのです。吹雪の中、まだ木造だった駅からまっすぐの鄙びた道を歩いて市民会館へ行きました。岩手出身の私には、こんな南で雪が降るとは驚きで、また、赤い紅殻格子の町並みがとても印象的でした。その彦根に17年間(昭和49年から平成3年まで)住むようになるとは夢にも思いませんでした。今は秦荘に住んでいますが、20年前にボランティアグループひこね国際交流会VOICEを結成し日本語教室等で活動を続けているので、私の活動の基盤は今でも彦根です。
大蔵流狂言の稽古も彦根で受けていて、彦根城で発表することもあります。その仲間達と3年前から城西小学校の6年生に狂言を教え、卒業発表のお手伝いをしています。素晴らしい彦根城博物館の能舞台を踏める子供達は何と幸せなことだろうと思います。
この狂言の中で、『濯ぎ川』という人気の高い戦後の新作狂言が、中世フランスのファルス(笑劇)からの翻案(飯沢匡)だということを知り、関西大学で学んで博士論文『中世フランスのファルスと狂言の比較』を2008年に書きました。「彦根物語」のお話があったときは、直接彦根の町とは関係のないファルスと狂言で大丈夫だろうかと躊躇しましたが、当日は『濯ぎ川』の実演などして、とても楽しく発表できました。日本とフランスは遠く隔たっていますが、ファルスと狂言の比較を通して、人間として変わらぬ姿と、社会特に宗教によって表れ方の変わるところを見て、少しでもフランスを身近に感じ、また日本の古典芸能の面白さに触れていただけたら、と思いました。

d0087325_17244327.jpg




d0087325_17252996.jpg




【キーワード】
ファルス=騙し
騙したはずが騙されて
下ネタ
『パトラン先生』
コキュ(寝取られ亭主)
バダン(道化役)
狂言=面白おかしい言葉
和合の笑い
『清水』
『末広がり』
太郎冠者
わわしい女
[PR]
by machinoeki | 2010-11-02 17:44 | 談話室「それぞれの彦根物語」

《談話室76》それぞれの彦根物語2010.7.17

【彦根物語76】
 「彦根市観光の現状の今後
       ~3年にわたる経済効果測定調査から」 


d0087325_148445.jpg





得田 雅章
(滋賀大学経済学部准教授)


 彦根市観光の経済効果測定調査は2007 年から毎年実施され、すでに3回を数えました。今年も秋にアンケート調査を予定しています。これら調査結果から浮き彫りになってきた彦根観光の現状とは?課題・対策は?ひこにゃんの今後は?調査担当者として、また一彦根市民として愛をもってお話しさせていただきました。
お話ししながらも、悪天のため困難を極めた調査日のこと、そんな中、汗水流しつつ甲斐甲斐しく手伝っていただいた学生や観光ボランティアの方々の姿、さらには報告書作成にご助力いただいた多くのスタッフのご苦労が脳裏によみがえってくるようでした。
こうした艱難辛苦は私を実証分析者として成長させるとともに、彦根という地への愛着を育んでくれたように感じます。図らずも私を上回る多くの“彦根ファン”にご参加いただき、たくさんの真摯なご質問を受け、ご意見を賜ることができました。感謝、感謝です。

                             
 「彦根城表門」調査会場
d0087325_1411462.jpg


 「四番町スクエア」調査会場
d0087325_14125552.jpg


 「京橋口駐車場」調査会場
d0087325_14142854.jpg


 会場の様子
d0087325_14232168.jpg


 世界大会出場SIFEの学生さんから発言
d0087325_1426236.jpg



 共同研究者 山﨑一真先生と
d0087325_14311174.jpg


【キーワード】
彦根城  
400年祭  
150年祭  
ゆるキャラ  
ひこにゃん  
彦根観光 
産業共同研究センター  
アンケート調査  
経済波及効果
[PR]
by machinoeki | 2010-07-22 17:45 | 談話室「それぞれの彦根物語」

《談話室75》それぞれの彦根物語2010.6.19

【彦根物語75】
 「エコメモオーケストラの軌跡と今後」    

d0087325_14263719.jpg





若林 嘉代子 (左から1番目)

(エコー・メモリアル・チェンバーオーケストラ代表)



 エコー・メモリアル・チェンバーオーケストラは、1997年ひこね市文化プラザ開館を機に、彦根の地元縁のメンバーを中心に結成された室内オーケストラです。以来、13年に亘り、市の事業として、年に一回のペースで、演奏会と併催の活動をさせて頂きました。
毎回、いずれの公演・催しも、来聴者・出演者が共に、手応えを感じる結果を出していたにも拘らず、ひこね市文化プラザの指定管理者が変わったのを機に、明快な理由の提示もないまま、ホールの自主事業から外されてしまいました。
 オーケストラの存続の道を模索するために、私達メンバーにとっては反省として、又、今までご存知頂けなかった方々へは、この談話室をきっかけとして知って頂きたく、14年間の活動を振り返ってお話させて頂きました。
 その結果、このオーケストラの弱い部分も、あぶり出されて参りました。今後は、談話室で耳を傾けて下さった皆様からのご指摘やご意見も参考にさせて頂き、お力もお借りしながら、オーケストラの存続・発展のために、新しい一歩を踏み出して参りたいと思った次第でした。
 今後とも、お力添えをよろしくお願い申し上げます。

                             
 弦楽四重奏の演奏
d0087325_14302331.jpg



 参加者とともに話し合いました
d0087325_14454622.jpg





【キーワード】
エコー・メモリアル・チェンバーオーケストラ
ひこね市文化プラザ
ひこね発がんばる彦根の音楽家たちシリーズ
楽器何でも相談室
幼稚園・保育園訪問コンサート
戸澤哲夫(2000年より当団コンサートマスター)
指定管理者制度
文化ホール
アートマネージメント
アンケート
[PR]
by machinoeki | 2010-07-08 17:47 | 談話室「それぞれの彦根物語」

《談話室71》それぞれの彦根物語2010.2.13

【彦根物語71】
 「浅井三姉妹、将軍家光と井伊直滋についての逸話」     

d0087325_10245573.jpg





畑 裕子
(日本ペンクラブ会員、作家)





 「浅井三姉妹」は北近江の戦国大名浅井長政と織田信長の妹お市の間に生まれた姫です。小谷城落城、その十年後の北ノ庄城落城で親を亡くした彼女たちは秀吉に保護され、数奇な運命をたくましく生き抜いた姉妹ですが、私はこの茶々、初、小督(江)の三姉妹に女性の原点を見るような思いがします。
 談話室では長政、お市の夫婦愛、三姉妹の生涯をとりあげ、その後、徳川秀忠と再々婚をした小督が生んだ将軍家光と井伊直滋についての逸話を語りました。三姉妹については十年近く興味を抱き、調べたりしてきましたが、彼女たちの真の姿があまり知られていないのではないかと思うようになり、『花々の系譜、浅井三姉妹物語』を上梓しました。淀殿(茶々)が秀吉の側室となり秀頼を生み豊臣政権の中枢へ、また小督は徳川三代将軍家光や後水尾天皇の中宮となった和子を生み、御台所としての立場を揺るぎないものにします。その豊臣と徳川の間に立って和議のために奔走したのが常高院(初)でした。こうした歴史の表舞台に現れた史実だけでなく、歴史の裏舞台に秘められた姉妹の心情をこそ読みとり、理解すべきではないかと思います。
 さて小督の生んだ家光と直滋について興味深い逸話が残されています。井伊家は徳川の旗本の筆頭であり、直滋は幼年の頃より秀忠、家光、家綱に仕え、寵遇を受けていました。逸話というのは、簡単にいえば、家光が、直滋に彦根藩主になった暁には100万石を与えるといった話ですが、これを耳にした二代藩主の父直孝は、井伊家が他の大名から妬まれ取りつぶしになることを心配し、嫡子の直滋に井伊家安泰のため突如出家を命じたのです。直滋は湖東の百済寺に遁世させられ、末弟の直澄が嫡子となったのでした。直滋は51歳で亡くなり百済寺に墓があります。
 正史に記されない歴史の狭間に人間のドラマがあり、人間の本質が仄見えるものなのでしょうか。

d0087325_1027892.jpg

                小谷城跡から城下を見る

d0087325_1030645.jpg

                小谷城大広間跡

d0087325_10303174.jpg

                浅井長政・お市の像(徳勝寺)

d0087325_10311386.jpg

          著書「花々の系譜、浅井姉妹物語」 (カバーに仄見える浅井家家紋)

【キーワード】
・小谷城
・浅井長政
・お市の方
・淀殿(茶々)
・初(常高院)
・小督(江)
・豊臣秀吉
・豊臣秀頼
・井伊直孝
・井伊直滋 
[PR]
by machinoeki | 2010-02-19 10:42 | 談話室「それぞれの彦根物語」

《談話室64》それぞれの彦根物語2009.4.25

【彦根物語64】
 「旅する菓子屋 モロッコ行」     

d0087325_181450.jpg


今井 章子
(ナチュラルスイーツ&旅のお茶Ruwam)



昨年5月、彦根の花しょうぶ通りにあります、街の駅「力石」にてカフェをオープンしました。花しょうぶ通り商店街の個性豊かでパワフルな皆さんに助けられ、早くも一年が過ぎました。
 
 Ruwamでは国産小麦と有機豆腐を中心とした「卵や乳製品を使わない」素朴なお菓子が
主役です。そしてもうひとつ、「旅のお茶」がメインです。

東南アジア・アフリカ・中東・・・といったあちこちのお茶を楽しみ、日本に居ながらもちょっとした旅(異国)気分を味わってもらおうというものです。
おいしいものが好きな私は旅に出るたびに出会う その初めての味や香りをRuwamにやってくるお客さんに伝えたいと思うのです。
よく「買い付け」や「仕入れ」と言った言葉が使われますが、ちょっと意味が違います。
私はその土地に赴き、人と出会い、その土地の人が愛する飲み物、日常飲んでいるものを味わいながら 人と語り、その国を知る という旅をしています。
そのため、持ち帰ってくるお茶にはなんらかのストーリーや、私のイメージする「その国」がしっかりと入っていたりするのです。
そんな旅の記憶をたどって お菓子を焼き、お茶を淹れ カフェを営んでいます。

 今回の談話室では、2009年1月~2月にかけて旅をしてきました「モロッコ」を中心に紹介しました。そのときのモロッコは日本と同じく冬にあたり、想像よりもはるかに寒く ろくに暖かい服を持っていかなかった私は毎晩上着を着こんで寝ていました。

海岸部のカサブランカ~メクネス~古都フェズと電車を使い、その後は大道芸人の町マラケシュへ。そこからは南下し、最果ての砂漠「マハミド」へと放浪していました。
モロッコの砂漠はアルジェリアにつながっています。そこまで行くと昼間はとても暑く、空気が乾燥していて水を2リットルほど飲んでいても一度もトイレに行かない程です。
一緒にいたモロッコ人のモハメッドとソフィアンがほとんど水を飲まないのには驚きでした。らくだとともにてくてくと歩き、砂漠で眠るという生活を4日ほど送りましたが 最後まで私は5分に一回くらい水を飲んでいました。
 
モロッコでは日本と同じく家に来た客をお茶でもてなすという習慣があります。
知り合うとすぐに「家に遊びにおいでよ」という意味で「お茶を飲みにこない?」っといった具合にお呼ばれするのです。そのときのタイミングにもよるのですが、お茶を飲んですぐ帰る場合もあれば、一緒におしゃべりをし 最後は晩御飯までご馳走になることも。
 そんなチャンスがあるたびに私は各家の家庭料理を一緒に作らせてもらい、覚えてゆきます。モロッコ料理にはハーブやスパイスの他、オリーブやレモンを煮込みに加えるため、庭にそれらの木がある家庭もありました。

海岸部以外は町の周りが砂漠で、雨も少ないため、水がとても貴重です。
そのため料理にあまり水を使いません。タジンという厚手の陶器鍋で蒸した料理や、蒸して食べる世界最小のパスタ「クスクス」などがありますが、どれも茹でることがないので最小限の水しか必要としません。
 まだまだ台所にガスの設備がないところは かまどのような場所で薪をくべ、そこで調理します。そのため 夕方5時頃から準備を始めても食べる頃には9時を過ぎていることも日常茶飯事。空腹とスパイスの香りに包まれ、いっそうご飯がおいしく感じます。
 そして食後は甘いアラビアスイーツと、モロッコティー。
モロッコティーとは日本の緑茶に似たような味の少し渋みのあるお茶を煮出し、たっぷりとお砂糖とミントを入れたものです。モロッコはイスラム教を信仰しているためお酒は一切飲みません。そのため、いつ何時もミントティーなのでした。
甘ーいスイーツ(本当にすごく甘いのです!)と甘―――いミントティーなのですが
あちらの気候で飲むからか とてもおいしく、より一層会話が弾むのでした。

 世界には私がまだまだ出合ったことのない味や、香り、調理方法がたくさんあります。そしてそこでしか出会えない人たちが居るのです。そんな未知への興味と興奮がときおりやってきては 私はまた旅に出てしまうのでした。

d0087325_1824827.jpg


*時々放浪している私を いつも温かく迎えてくださる花しょうぶ通り商店街の皆さんには本当に感謝しています。ありがとうございます。*

【キーワード】
Ruwam
旅のお茶
彦根
花しょうぶ通り「力石」
ベジタリアンスイーツ
モロッコ
自然&素朴なスイーツ

[PR]
by machinoeki | 2009-12-14 18:31 | 談話室「それぞれの彦根物語」

《談話室67》それぞれの彦根物語2009.9.12

【彦根物語67】
 「ふるさと絵屏風をつくる 絵解き近江八坂図」      

d0087325_17405611.jpg


上田 洋平
(滋賀県立大学地域づくり教育研究センター
近江環人地域再生学座研究員者)

 



 「ふるさと絵屏風」は、地域に生きる人々の暮らしの記憶を、その時代を生きた人びとの「五感体験」データや語りをもとに、地域の皆で力をあわせて一枚の絵として表現するものです。絵図の制作や完成した絵の「絵解き」などを通じて、地域の歴史・文化を記録継承し、人びとのふるさと意識を高めることを目指す「地元学」的運動の中で活用します。現在、県内では二十以上の集落で絵屏風を作り、あるいは、それに向けた取り組みを進めています。彦根の八坂町でも絵屏風を作りました。この絵の中には、飲み水確保や炊事洗濯から、漁業、ラッキョウ作り、遊び、夕涼みの語らいまで、まさに人々の生活の場そのものであった琵琶湖の浜の様子を中心に、高度経済成長以前、自然のめぐみ、人のめぐみ、歴史のめぐみといった地域のめぐみをめぐりあわせて織り上げられた八坂の暮らしと文化が描かれています。
 私は、人には頭に溜め込むような「知識」だけでなく、日々の行為の積み重ねを通じて身体の奥底に刻み込まれた「身識」があると考えていて、「ふるさと絵屏風」の取り組みによって、地域に関する「身識」を引き出し受け継ぎ伝えたいと思っています。ただ記録・保存し伝えるだけではありません。茂木健一郎氏が「記憶は育つ」と言っています。これに倣って私は「ふるさと絵屏風」の取り組みによって、「地域の記憶を地域の皆で育てる」活動を展開していこうと考えています。「知恵・ワザ・文化の地産地消」などとも言っています。

d0087325_17451177.jpg
聞き取り調査(南比良・大津)


d0087325_17464471.jpg
構想を練る(南比良・大津) 

d0087325_17475846.jpg
近江八坂図、2009、岡村康臣画 


d0087325_175241.jpg
我がことが描かれている(南比良・大津)

d0087325_17531894.jpg
絵解きは大盛況(南比良・大津)

d0087325_17543394.jpgミニチュアを作成して頒布・活用も

【キーワード】
ふるさと絵屏風、絵解き、五感体験、地域の歴史・文化の継承、地元学、
高度経済成長以前の暮らし、
自然・人・歴史のめぐみ、身識、
地域の記憶を育てる、
知恵・ワザ・文化の地産地消
[PR]
by machinoeki | 2009-12-14 17:58 | 談話室「それぞれの彦根物語」

《談話室69》 それぞれの彦根物語 2009.11.14

【彦根物語69】
 「うるわしき湖国よ永遠に」
~琵琶湖博物館ギャラリー展から~
    


d0087325_17233255.jpg


大橋 洋
(滋賀県立琵琶湖博物館・はしかけ
-温故写新・古写真整理グループ、
父子二代のアマチュア写真家)



 
高校教師のかたわら60年余りアマチュア写真家のはしりとして、写真を撮り続けた大橋宇三郎の写真4万点を、滋賀県の要請で提供したのが平成7年5月でした。
保管している琵琶湖博物館の依頼で本格的整理が始まったのが平成14年6月。
 昨年、整理の完了した写真を使い、2カ月にわたるギャラリー展を、琵琶湖博物館企画展示室で行い、イオンモール草津オープン記念展示会としても17日間行いました。
 今年6月に縁あって、善利組足軽倶楽部さん主催の写真展を地元彦根でしていただき、これに次ぐ彦根での開催・写真御紹介の機会を御提供いただきました。
 長曽根、回転橋、旧彦根港、松原、磯、マルビシ百貨店、ゑびす講、彦根銀座、等この半世紀の変化に驚くと同時に、私たちが祖先から受け継いだ大切なものも無くしてはいないのかと疑問を抱かざるをえません。
この7年間、父子今昔写真として、琵琶湖博物館と共同で整理を進めてきました。
父・大橋宇三郎が遺した昭和の良き時代の写真と、息子・大橋洋の撮る平成の現在を比較し、琵琶湖の環境を守り、湖国の伝統・文化を大切にしなければならないというメッセージをお伝えすることで、幼少期病弱で何度も生死をさまよった私を、健康な人間に育んでくれた母なる湖・琵琶湖への恩返しにしたいと願っております。

d0087325_17223884.jpg

昭和30年代 長曽根湖岸


d0087325_1725247.jpg

昭和34年9月 伊勢湾台風のあと


d0087325_17262267.jpg

昭和30年代 地引網で小鮒を引きあげる


d0087325_17272333.jpg

昭和30年代 子どもたち


【キーワード】 
長曽根水泳場、回転橋、松原水泳場、国民宿舎湖城荘、旧彦根港、
マルビシ百貨店、パリヤ、彦根銀座、ゑびす講、伊勢湾台風、
[PR]
by machinoeki | 2009-12-14 17:31 | 談話室「それぞれの彦根物語」

《談話室》 それぞれの彦根物語 2009.7.11

【彦根物語65】
 「ちんどん屋から広がるネットワーク」     

d0087325_951259.jpg




芸名 団 朋希
  (彦根家チンダンバンド)

    
         
 彦根家チンダンバンドは、ちんどん屋の真似事をしています。3~5人程度で彦根を中心に活動中。

 ちんどん屋を私が初めて見たのは、2002年8月ちんどん博覧会にて(ちんどん屋への憧れを持つ)。1ヵ月後、イベントでちんどん屋になる(手作り楽器のプロを紹介してもらった。かなりへんてこなちんどん屋?)。2003年度滋賀県立大学卒業論文「街廻りにおけるちんどん屋と観客とのコミュニケーションに関する研究」(ネットで閲覧可能)。ちんどん屋への尊敬が生まれる。

 2005年11月~チンダンバンド本格始動。その後、個性的なメンバーが加わりいつのまにか「彦根家チンダンバンド」に。いろんな方との出会いに感謝!!
 ちんどん屋の魅力は町の人々の喜んだ顔を見るとき。笑顔は大事。にこっと笑いかけると人々もにこっとしてくれる。着物・化粧などができ、テンションがあがる。いろんな町に行くことができる。

 これからもアマチュアで楽しく、メンバーの居場所になるようにわきあいあいと、応援してくださる町の方への恩返しも込めて、ずっと続けていきたい。今後もよろしくお願いします。

HP: http://www.ab.auone-net.jp/~chindan/index.html

  【キーワード】
    ・ちんどん屋
    ・卒業論文
    ・人々の出会い
    ・居場所
    ・町への恩返し

d0087325_9461982.jpg

[PR]
by machinoeki | 2009-07-16 10:33 | 談話室「それぞれの彦根物語」

《談話室》 それぞれの彦根物語 2009.4.18

【彦根物語63】
 「人生八十八(やそはち)
 -知るを一寸(ちょっと)楽しむ」
 
    


d0087325_10105668.jpg



村岡 憲吾(元小・中学校教員)    



         
 京都の京阪、近鉄の「丹波橋」駅連絡通路に「桃山井伊掃部町」とありました。彦根より離れた地に思いもよらぬ案内板があるので見なれた場所を、もう一度見直してみようと思い歩き、関連のある事も調べてみました。

・もと城西小玄関に合った水道モニュメント
・楽々園経営の西村様にある池洲
・滋賀大を見守るように浅見波泉教授の歌碑
・今はない近江絹糸の迎賓館「和光会館」
・平成14年6月30日迄開院していた市立病院
・登録文化財の滋賀大の陵水会館、講堂
・城東小玄関鳥瞰図 それを関連づける
・1955年、昭和30年郵政省発行地図  
・城東小にある「考える人」の像とその原点
・京都博物館、噴水端のロダン作「考える人」
・城東小、城西小、佐和山小発行物よりの写真、内湖、災害、構造物、当時を表す写真
・1896年明治29年9月12日びわ湖増水、稲枝地区での石柱
・彦根の航空写真による年代での変化
・一本松供養塔 内湖のほとりにたっている。大洞弁財天長寿院が世話しておられる。

時間なく残った中山道に沿った個所がある。


城東小学校の「考える人」像d0087325_1033384.jpg
d0087325_104173.jpg














1955年、昭和30年郵政省発行地図
d0087325_108525.jpg




【キーワード】
・城西学区の特徴をあらわす個所 ・郵政省発行地図 ・城東小玄関鳥瞰図 
・琵琶湖大増水を表す石柱 ・琵琶湖疏水 ・彦根の航空写真
・北部土地改良と干拓事業 ・一本松供養塔
[PR]
by machinoeki | 2009-07-10 10:33 | 談話室「それぞれの彦根物語」