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LLP(有限責任事業組合)ひこね街の駅 武櫓倶

彦根まちなか見聞録5  景観10年、風景100年

 生まれ変わった商店街 -四番町スクエア・新しい街への取り組み 

街の駅寺子屋力石「それぞれの彦根物語53」 (2008/10/04)      リポートby E.H氏

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 お話をいただいた四番町スクエア協同組合理事長 中村 繁司さんは、四番町の丸矢旅館のご主人。
 商店街組合の理事長が一般商店主ではなく旅館のご主人とは、少し妙な感じがする。だが、NさんやWさんなど商店街の熱心な役員には、旅館の主人が多い。
 その謎が解けた。旅館は朝・夕は死ぬほど忙しいが、昼間は閑。加えて人扱いがうまい。他の店主は昼間が忙しい。そこで目をつけられるのだ。


30年かかった四番町スクエア
 四番町スクエアは、旧の市場商店街と比べると「生まれ変わった」という表現がぴったりするほど、過去の痕跡を残さずに「新しい街」に変わった。
 最盛期の市場街は、その名のとおり八百屋、魚屋、肉屋、豆腐屋、食堂、和菓子屋などが狭い通りの両側に連なり、道にはみ出して商売をしていた。多くの客で通りはごった返し、魚や肉を焼くいい匂いが漂って、客と店主とのやり取りも楽しかった。

 しかし、昭和50年代になると客は減り、80店を数えた商店街組合も30店に減少した。昭和53年、再開発の協議が始まる。当初は、大型高層の再開発ビルを検討していたという。しかし、背の高い建物は彦根に合わないと断念。夢京橋の江戸風につながるまちとして「大正ロマン」のコンセプトで再開発に着手、平成19年に完成した。実に30年かかったのだ。


年中イベント戦略
 四番町スクエアの店舗は50店に増えたが、構成は大きく変わった。生鮮が減り、飲食が大幅に増えたのだ。岩盤浴、アロマセラピー、エステなどの新サービスも参入、物販ではキャラクターなどのグッズ店が9店となった。これに伴って、旧来の組合員は18に減り、新規組合員が32となった。区画整理事業を機に商売をやめ、テナント貸しになった人も多い。

 中村さんは、こうした新旧の店主たちに、議論や金を出させるだけでなく、イベントで一緒に汗をかく機会を意識的に作っている。そして、若い人たちのアイデアを巧みに取り入れ、「年中イベントの街」を創り出している。
 最大の集約力を誇るスターは、「ひこにゃん」だ。パティオには「ひこにゃん」石像があり、季節ごとにデコレーションされる。「ひこにゃん」イベントは、常に満員だ。
 このほか、彦根景観フォーラムも共催した星空映画祭、パソコン絵画展、草木染展、よさこいソーラン、高宮町で開催されたテント絵画展を誘致、あんどんフェスタ、ストリートミュージックフェスタ、ワンコインでビールが飲めるビールフェスタなど、d0087325_012644.jpg 「年中イベント戦略」がこの街の集客力の大きな秘密であり、店舗構成にもフィットしている。

なお、10月25・26日に開催の「ゆるキャラまつりin彦根」では、当初四番町スクエアで着ぐるみのキャラクターが集まる「キグるミサミット」が予定されていたが、あまりの前評判のよさに来場者を収容しきれなくなり事故がおきる危険性が高いとして、夢京橋の道路を歩行者天国にして開催することになった。


四番町スクエアの強みと心配
 イベント、お洒落、おいしい飲食、エステ、キャラクターグッズなどで、楽しく心地いい時間消費を求めるお客さまの心をとらえた四番町スクエア。観光客だけでなく地元のお客さまもリピートしているのが強みだが、心配事がないわけではない。
 ブームは急に去る。次に何を魅力として打ち出し、息の長いまちづくりに結びつけるのか。長浜の黒壁は3セク単一経営で町なみをまもり、風俗店などの進出を防いでいるが、商業協同組合は、多様性が活力を生む反面、まち全体を考えて結束して行動できるのか。


景観十年、風景百年、風土千年
 実は、四番町の区画整理事業は、旧商店街の半分しか終わっていない。残りをどうするのか? 中村さんは、銀座街へのつながりや世界遺産をめざすまちづくりを視野にいれて、色々と考えている。高宮御門の復元も一つの選択肢に入っている。
 ただ、これからの大規模な再開発事業は、市や土地所有者の負担も大きく、さらにむずかしくなるだろう。より順応的な手法は考えられないのだろうか。

 中村さんは、「景観十年、風景百年、風土は千年」と言った。まちづくりには十年かかる、まちが人や自然になじむには百年かかるという意味だ。こんな「覚悟」をもって活動する店主がいるとは、彦根という街は、なんと素晴らしいのだろう。
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  談話室それぞれの『彦根物語』 
【彦根物語53】
「生まれ変わった商店街 
        四番町スクエア・新しい街への取り組み」  

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中村 繁司
(四番町スクエア協同組合 理事長)




 大正11年第一公設市場として誕生。市場街と親しまれ終戦後の食料難の時代に80店舗に増加。生鮮食品店を中心の小売商店がアーケードの中に軒を連ね、ようはやり活気にみなぎっていました。スーパーの進出で衰退しシャッター街になり30軒に減少。


銀座街とつながるさみしいアーケード風景
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生き残りをかけ、市街地再開発を試みるなど研究を繰り返した末、エリアを2つに分け、先に第1エリアを区画整理し、ゾーン型の商店街に。景観のコンセプトを大正ロマンとし旧の地名を復活して四番町スクエアに名称変更。権利者の従後の土地利用に合わせた換地を行ない平成19年4月にまち開き開催。
新しく開店した店が増え、若い経営者の新しい発想での商店街運営で順調な発展が期待できるのは嬉しいことです。たまたま、築城400年記念祭と開国150年祭が催され、ひこにゃん人気のお陰もあって集客施設の四番町ダイニングをはじめ、2つの駐車場も予想を上回る成績です。

四番町スクエアでも大人気のひこにゃんです。
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夢京橋では早足で歩くのに比べ、ここでは、のんびりと散策してくれます。パティオや広場にアマチュアバンドが演奏に来てくれるなど人気スポットとなりました。
しかし、商店街の残り半分は未整備のままで来街客がここでUターンします。銀座街や花しょうぶ商店街へ街なかを回遊させるには、このエリアの再構築を急がねばなりません。
彦根城の世界遺産登録が論じられています。城だけでなく城下町らしい町並み整備が不可欠です。芹橋の足軽屋敷の保存と連携して、ここに高宮口門の関所があったことを生かしたまちづくりを目指し、今は駐車場になっている映画館跡地で毎年夏の終わりに星空映画祭を催して地域の想いをつないでいます。

高宮口御門跡
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【キーワード】
シャッター街、大正ロマン、ひこにゃん、世界遺産
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・シャッター街になってしまったヨ
・思い切りまちを作り変えようカ
・大正ロマンの街づくりダ
・ひこにゃんは大人気ヤ
・夢京橋径由花しょうぶ行きの商店街回遊ルートヲ
・彦根の町を世界遺産に登録しようゼ

次回の「それぞれの彦根物語」は、10月11日(土)10:30~12:00
「毎回大変な彦根城下町検定試験について」
嶋津 慶子さん(彦根商店街連盟広報部長、夢京橋商店街振興組合理事)

どなたでも参加できます。一緒にお話を楽しみましょう。
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by machinoeki | 2008-10-07 19:22 | 談話室「それぞれの彦根物語」
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