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「城下町彦根を描く-故郷彦根は畢生のテーマで最高のモチーフ-」 

【彦根物語48】
「城下町彦根を描く-故郷彦根は畢生のテーマで最高のモチーフ-」  

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小田柿 寿郎 
(大潮会委員、現代水墨画協会評議員、
アトリエ小田柿代表)



 幼い頃から絵を描くことが大変好きでした。勤務していた県庁広報課時代に広報誌作成の必要性から美術の基本を学ぶことを思い立ち絵画を学び始めました。今から約35年前で、その初期の段階から我が郷土の風景「城下町彦根」をテーマと定め、ライフワークとして制作と発表を続けて来ました。平成20年3月に県職員を定年退職の記念として城下町彦根シリーズ集大成の画集を発刊しました。多様な城下町風景のなかでも、特に町並みや城山辺り、さらに周辺の芹川堤や松原漁港などの風情が魅力的です。作品は現場の記録や説明に終わるのでなく、観る人に城下町の魅力と感動を与える作品の創造が目的です。色彩や構成など創作も交え生活感漂う私の彦根の原風景に拘って来ました。近年頓に街並みが変貌して城下町の魅力が失われ危機的状況にあります。城下町シンボルの天守閣の要件としては城下町の街並みの存続は必要不可欠であると思っています。市民それぞれの立場で魅力的な城下町彦根の創生のために可能な貢献をしたいと考えます。

     〔約27年間での街並変貌状況〕
1981年作品 「蔵のある風景」芹町山平醤油屋辺り 油彩F50
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2008年7月撮影 芹町山平醤油屋辺り
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【キーワード】
・絵を描くのが好き
・故郷城下町彦根をテーマへの拘り
・城下町の記録が目的で無い
・作品として生活感漂う城下町風景の魅力を描く
・作品表現技法を活かし感動を与える作品が目的
・彦根魅力発信は個人的役割の思い
・35年間の城下町作品集大成の画集を発刊
・天守閣は城下町の存在が不可欠要件
・魅力的彦根のため市民それぞれの立場で貢献



-彦根のまちなかで見聞きしたことを、宣教師の視点で、独自の解釈を入れながら記録し報告する-

それぞれの彦根物語38  2008/07/05  寺子屋力石
                              (2008/07/12  リポート E・H氏)

「城下町彦根を描く -故郷彦根は畢生(ひっせい)のテーマで最高のモチーフ-」
小田垣 寿郎 (大潮会委員、現代水墨画協会評議員、アトリエ小田柿代表)

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城下町に神の姿を求める人
 画家 小田柿さんを一言で表現するなら「城下町彦根に神の姿を求める人」だ。神とは、この人の中にあって、ある瞬間に姿をあらわす「原風景」である。
 彼のほとんどの作品が、白く輝く雪におおわれた城下町彦根の町なみである。芹橋地区の狭い路地に面した小さな足軽屋敷の連なり、雪を乗せた白い瓦屋根と古い木材とやや黄みを帯びた土壁、路上の残雪、小さな看板や自転車、漬物樽など。これらの構成と雪の反射に引き立つ色調とコントラスト。生活の雑然さ、たくましさ、なつかしさが、白い雪の明るさの中に浮かび上がる。これは「美」というものではない。「神への思い」が幾重にも込められている姿である。

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「苦しくも充実した人生」 
 小田柿さんが4月に発刊した画集「城下町彦根を描く」に、この言葉を見つけた。
滋賀県職員だった彼は、広報課で広報誌のデザインや写真撮影をする心得として美術の基本を学びはじめ、県庁の絵画サークルに入って恩師に出会い、以後35年間、勤務と油絵創作の「苦しくも充実した人生」を歩んできた。今年3月に定年退職。現在はアトリエを開いて、生徒を教えている。その初期から彦根の城下町に強い愛着をもつて描き続けているのだ。
 彼は、絵を「おもしろい」「味がある」という。描く対象に内在する「おもしろさ」、「味」を引き出すために技法を使うが、その解説がおもしろい。確かな形を描くデッサン、味わいを生む色彩と配色、構図・構成、そしてデフォルメ(省略と強調)。作家が求めるものを描くためにどのような技法を使っているのか、わかりやすく解説してもらうと納得できる。きっといい指導者にちがいない。

原風景を伝える意思
 長い歴史と落ち着いた空気、それらと一体になった市民の生活、これらが凝縮されたものが彦根の街角の光景であり、それを描くことにより城下町彦根を語りたいと小田柿さんは願っている。d0087325_2353512.jpg
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 しかし、城下町は大きく変わった。彼にとって、「おもしろくない、味のない」町になりつつある。
画集に収録された「冬の彦根」佐和町八百初商店辺り(1982年)の光景も、「蔵のある風景」芹町山平醤油屋辺り(1981年)の光景も、現在はほぼ失われている。松原漁港に係留されていた木造漁船もない。
 彼は「絵は見たままではない」という。「自分の思い、願い、気持ちを絵に閉じこめていくことで、深さ、味わいが出る。だから、絵は描くまでの思いが最も重要だ。」という。そして、「いまこの町に育つ子ども達にとって原風景はなにだろうか」と問う。歴史や風土と断絶した平板な建物、人の顔や声と生活が見えないクルマの行き交う街路、かつて未来社会として描かれた機能的なまちで、本当に自分が感動する光景を心に持つことができるのか。答はいずれ出る。
 
 しかし、最低限言えることがある。城下町らしい街角のよさを意識して残さないと、そのよさは伝えられない。そして、意識して伝えないと伝わらない。
                                         (2008/07/12 E・H)

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by machinoeki | 2008-07-14 19:55 | 談話室「それぞれの彦根物語」
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