LLP(有限責任事業組合)ひこね街の駅 武櫓倶

築城400年祭《談話室》 それぞれの彦根物語 2006.7.1

【彦根物語6】
 「井伊直弼 -新しい人間像を探る」     

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堤 義夫
(国特別史跡 埋木舎 統括管理責任者)



井伊直弼公の生涯は、文化十二年(1815)に生まれ、安政七年(1860)桜田門の変、水戸浪士らの凶刃にたおれるまでの四十六年間でありました。
槻御殿で生まれ育った十七歳までの暮らしと、十七歳の時父第十一代藩主直中公が亡くなられ、直中公の十四男として生まれた直弼公は、藩の掟に従って、「北の屋敷」と言われた公館で、部屋住の生活(捨扶持年三百俵)を命ぜられ十五年間の質素な暮らしをされた後三十二歳(弘化三年1846)第十二代藩主直亮の養子となり、嘉永三年(1850)直亮死去により第十三代藩主に襲封。掃部頭と称し、幕政の中枢で日本の岐路を決するために奔走することになります。徳川家のお世継問題、開国か攘夷か幕末激動の中を大老職として、よく日本の将来を見据えて、幕府の粗法を破り開国を断じた偉大なる人物でありました。
直弼は、この公館「北の屋敷」を次の和歌を詠じて『埋木舎』と名づけました。
 
          世の中をよそに見つつも埋れ木の
            埋もれておらむ心なき身は

(自分は、ここへ来て、世の中をよこめで見ながら花の咲かない埋もれた木のように、質素な世捨人的生活をしているが心は決して埋もれずに大いに文武両道を修練して人格を陶治するぞ。)

【『埋木舎』の修業(なすべき業)】
 国語・和歌・俳句・茶道・仏学(座禅)・能・謡曲・狂言・華道・書道・画・陶芸・数学・天文学等の文化人としての側面
 兵学・剣術・槍術・弓術・馬術・居合術・柔術・政治・海外事情等武人としての側面

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「予は一日四時間眠れば足りる」と猛勉強に励む。政治の世界でも命をかけて国難を救う大器量が発揮されたのも「埋木舎」における偉大な人格形成の賜ものであります。

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by machinoeki | 2006-07-01 18:16 | 談話室「それぞれの彦根物語」
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